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高崎山のさるの序列は厳しい!伝説のボスサル「ベンツ」を支えたゾロメ

高崎山 さる 旅行

私が小学生の頃、修学旅行で訪れた高崎山。
孫にサルを見せたくて、久しぶりに高崎山に登りました。

エサやりの時間になると、サルたちが山から下りてきます。
高崎山のサルは高崎山自然動物園で飼われているわけではなく、サルの集団として高崎山で暮らしているんです。

だから、高崎山にはサルの群れがいくつかあり、エサの争奪戦やら、厳しいサル社会がありました。

エサやりの時間が決まっていて、時間になると山からたくさんのサルが下りてきます。
エサやりのリヤカーは昔と同じでした。
リヤカーで広範囲にえさのサツマイモをばらまきます。

すごい争奪戦ですが、ボスざるが近づくと、力の弱いサルはエサに手を出しません。

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高崎山のさるの序列

高崎山 さる

子ザルの「シャーロット」が生まれたとき、シャーロット見たさに高崎山に行ったことがあります。
イギリス皇室で女の子が生まれ、「シャーロット」と名付けられました。

それにちなんで、高崎山で生まれた子ザルに「シャーロット」と名前が付けられたのですが、王女様の名前をサルに付けるなんて失礼ではないかと、世間をにぎわせました。

しかし、イギリスの王室からはシャーロットと名付けてもOKだというお墨付きをいただいたそうです。
すごいですね。
イギリス王室のお墨付きをいただいたんですから。

伝説のボスざる「ベンツ」

高崎山 さる

高崎山のサルには厳しい序列があります。
有名な伝説のボスざるが「ベンツ」です。
ベンツは、800頭の群れの頂点に立ったボスざるです。
今でも、高崎山自然動物園にはベンツのコーナーがあり、ベンツの遺影が飾られています。

サルの世界は厳しくて、ボスザルが来ると下っ端のサルはえさ場からさっと離れます。

力が弱ったベンツが一度群れから離れたことがあります。
ナンバー2だったゾロメは心優しいボスざるで、しばらくしてベンツが群れに戻ってきたとき、威嚇する他のサルを抑えて、ベンツを迎え入れました。

ベンツを受け入れ、そばで守って支えたのがゾロメです。
ゾロメは女子供にも優しくて、人気が高いサルでした。
なんだか、人間社会に似ていますね。

ゾロメはベンツへの忠誠を尽くしたんですね。
ゾロメはボスの座をオオムギに譲った後、B 群に移動。
ゾロメは気性が穏やかで、お母さんを亡くして子ザルの面倒をみることもあったそうです。
優しい性格が慕われるのは世の常でしょう。

年老いて山へ帰れなくなったゾロメとC 群が遭遇しましたが、ボスザルのブラックがゾロメを威嚇する若手を抑えて、そのまま立ち去ったそうです。
元ボスザルであるゾロメの魅力を認め、ゾロメの死期を悟ったブラックが、最後にゾロメをいたわった、という解釈がされています。

弱ったゾロメの毛づくろいをするシャーロットたち子ザルが目撃されています。
その後、ゾロメは赤ちゃんざるを抱えたサルに見守られていたそうです。

 

高崎山 さる

心優しいゾロメは、サル仲間に愛されていたんですね。
ベンツも、ゾロメも、ブラックも、カッコいいボスざるたちですね。

高崎山のサルは自然のサルなので、サル社会が成立しています。

よくみると、ボスざるは尻尾をあげて悠々とえさ場に下りてきます。
飼育員さんが、どのサルがボスサルなのかを教えてくれますので、わかりやすいです。

高崎山のサルの現在

高崎山 さる

高崎山のサルの調査は昭和28年3月にスタートしました。
当初、京都大学伊谷純一郎氏が調査に入り確認された数は220頭でした。
これがA群と呼ばれる初期のサルの群れです。

高崎山のサルは現在、大分市側の山中に住むB群と、別府市側の山中に住むC群とに別れて暮らしています。

エサやりの時間帯も、B群とC群とでは違います。
A群が元々のさるの群れだったのですが、A群から分かれてB群とC群ができ、現在はA群はえさ場に来ません。
A群は健在なのでしょうか?
サルの社会は厳しいので、存在がないのかもしませんね。

B・C群の2つの群れに、バランスよくえさ場に下りてきて欲しいと、スタッフさんたちは願っているそうです。

まとめ

春先は赤ちゃんのサルがいっぱい生まれます。
お母さんの背中に乗って移動する「赤ちゃんザル」や、小さいサル同志で遊ぶ「幼児ザル」など、かわいいですよ。

高崎山では、飼育員さんの説明が丁寧で、ボスザルの様子などがよくわかります。
ボスザルは本当にカッコいいですよ。

 

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