夫の趣味はスポーツでしたが、旅行も大好きでした。
結婚後、私を連れて日本中を巡ってくれました。
病気が分かった後も、それまでと同じように旅行の計画を立てては二人で旅をしました。
一番の思い出はやはり宮古島でシュノーケリングをしたことです。
体力が落ち、集中力も落ちていましたが、無免許の私を助手席に乗せて、レンタカーの運転もやってくれましたから。
優しい人でしたね。
本当に、感謝しかありません。
宮古島でシュノーケリング!個人・初心者・がん患者だけど…
病気が少しずつ進行しているのは、素人の私でもわかりました。
でも、夫は一つも愚痴をこぼしませんでした。
二人で、いつも前向き。
人生を楽しみました。
7月11日の日記から
元のような元気な身体になることはムリかもしれないけれど、これ以上体力が落ちないようにして、普通に暮らしてもらいたい。
本来なら、6ヶ月も経っているし、悪くなっている状況だと思う。
痛みもなく、平穏に暮らせているだけでありがたいのかもしれない。
できるだけ長く、平和に暮らしたい。
少しでも、元気になってもらいたい。
7月19日の日記から
原鶴温泉は楽しかった~
桃狩りをして、鵜飼いの船に乗って見学して、二人ですき焼きを食べて。
あなたのおかげだって、パパは言ってくれるけど、こちらこそパパには感謝しかない。
世の中、憎み合う夫婦もいれば、愛し合う夫婦もいる。
私たちは、本当にお互いを必要としているし、お互いが大事だし、幸せだ。
7月24日の日記から
10月の私の誕生日に、宮古島へ行く計画を立てた。
二人で、9万円弱で行ける。
あと2ヶ月だから、体調管理を絶対にうまくやって、宮古島へ行こうねと話した。
二人で計画し、二人で行く旅行。
計画を立てるだけでも楽しい。
なにげに、私の誕生日が出発日になっていた。
ありがとう。
7月31日の日記から
今日で7月も終わり。
早いなぁ。
腫瘍マーカーが上がらないから、普通に暮らせている。
がんは大きくなっているかもしれないけれど、ステントは2本入ったし、これといった痛みはない。
ただ、体力が落ちているから無理はさせられない。
ありがたいです。
いつもと同じに暮らせている。
8月1日の日記から
もう、8月になってしまった。
この、暑さを乗り切って秋の宮古島旅行に行きたい。
今のところ、とくに痛みもなく無事に過ごせている。
萩原先生から、検査結果の詳しい資料を見せて欲しいと言われた。
メールで肝機能の数値とかを知らせていたので、きちんと対応してくださる。
元々、聖マリアンナ病院でがん手術を手掛けてきた人だから。
貴重なご縁だ。
8月8日の日記から
パパが、胃が痛いと言い出した。
プールに行きませんか?と友人に誘われたけど、痛がるパパを置いていけない。
パパは横になっていることが多くなった。
朝のうちはできるだけ動いているけれど。
無理をしない程度に、活動してもらおう。
スイミングがパパの楽しみだけど、1時間も水に浸かっているのは心配。
がんは身体を冷やすから。
温めるとがん細胞は死ぬらしい。
秋になったら、また岩盤浴を再開して、がん細胞をやっつけたい。
8月23日の日記から
過去も未来もない。
あるのは今、現在だけ。
今を精一杯生きよう、パパと二人で。
パパが痩せて、亡くなったお義父さんそっくりになったとき、悲しかった。
パパが痩せていくのがつらい。
今は少し回復して、そんなに痩せてはいないけれど、それでもかなり肉が落ちている。
ちょっと具合が悪くなると、急激に痩せる。
毎日、おいしいものを出して、少しずつ体重を増やしてやりたい。
パパは、日赤でのがん治療はしていないから、先がどうなるのか不明。
余命なんて聞けないし、聞きたくない。
手術しなかったら、半年くらいで食欲が落ちていくのが通常みたい。
がんがわかって8ヶ月だけど、ご飯が食べられるからありがたい。
たぶん、714Xのおかげ。
パパ、注射を頑張っているから。
宮古島で初シュノーケリング
お正月に行くはずだった石垣島がダメになったので、かわりに宮古島へ行くことにしました。
10月が私の誕生月なので、主人が旅行の計画を立ててくれたのです。
宮古島は10月でも泳げます。
サンゴ礁と熱帯魚の海で、初めてのシュノーケリングに挑戦しました。
普段からプールで泳ぐ練習をしていたので、難なくシュノーケルが使えました。
宮古島は美しすぎる島でした。
新城海岸(あらぐすくかいがん)で、サンゴ礁の海を二人で手をつないで泳げたのは、一生の思い出です。
カクレクマノミや青いきれいな熱帯魚、見慣れない魚がたくさん泳いでいました。
胆管がんがわかって、10ヵ月が経っていました。
同じ時期に、同じ胆管がんになられた方が友人の親戚におられました。
その方も、やはり抗がん剤を拒否されたそうです。
友人の話では、数値が悪くなってきた時に不安になり、やはり抗がん剤をやってみようと試されたそうです。
わかります、そのお気持ち。
しかし、抗がん剤の副作用がきつくて、途中で断念されたそうです。
残念ですが、その方は告知から1年待たずに亡くなられました。
やはり胆管がんの生存率は低く、命の猶予は6ヶ月から1年くらいのようです。
友人は、私たちがシュノーケリングを楽しむ写真を見て、病気には見えないと驚いていました。
まとめ
私の机には、夫と二人でシュノーケリングをした時の写真が飾ってあります。
私のために、日に焼けながらアツアツのたこ焼きを買って来てくれました。
その時の日焼けあとは、その後ずっと残っていましたね。
宮古島は本当に美しい島でした。
でも、二度と行けません。
もうじき夫の一周忌ですが、夫がいない宮古島を想像するだけで、まだまだ心が苦しいです。